TSのつぶやき

身の回りの英語の疑問や考察を綴っています

英語閑話 – 4 (MとN)

今回は”M”と”N”の発音について考えてみます。

これらを普通にカタカナ表記すると”M”は「エム」、”N”は「エヌ」となります。しかし、最後の「ム」と「ヌ」は子音単独の無声音なので、日本語の「ム」と「ヌ」とは異なり、両方とも「ン」という音になります。では、違いは何かと言うと、/m/は「ン」を口を閉じて発音するのに対して、/n/は「ン」を口を開けたままでは発音するということです。

実際に”M”と”N”を、前者は最後に口を閉じて、後者は最後に口を開けて「エン」と発音すると、何となく”M”は「エム」、”N”は「エヌ」に聞こえませんか。

 

この/m/は口を閉じて「ン」と発音する、/n/は口を開けたままで「ン」と発音するという事は、単語の中でも同様です。特に「破裂音」と言われる、口の中に溜まった息を一気に外に噴き出す音である/b/や/p/の前は、必ず/m/(表記も”M”)になります。なぜなら「破裂音」である/b/や/p/を発声するには、口の中に息を溜めるため口を閉じる必要があるからです。(/n/では口を開けたままになるので息が溜められない)

 

ここに少し例を挙げますが、”B”や”P”の前は全て”M”になっています。(口を開けたままの/n/での発音を試してみてください。できないはずです)

地名:

Columbia (コロンビア)、Cambridge (ケンブリッジ)、Compton (コンプトン)

単語:

Champion (チャンピオン)、Combine (コンバイン)、Umpire (アンパイア)

 

よって、私たちに馴染み深い「ヘボン式ローマ字」でも、”B”や”P”の前の「ン」は”M”となります。

「新橋」駅表示 – 東京メトロと JR

「読売新聞」

 

では、おさらいです。次の単語を/m/(口を閉じて「ン」)、/n/(口を開けたままで「ン」)を意識して発音してみましょう。

語頭に”M”と”N”

→ 口を閉じて“Mine”(地雷)、口を開けたままで”Nine”(九)

語尾に”M”と”N”

→ 最後に口を閉じて“Sum”(合計)、最後に口を開けたままで”Sun”(太陽)

”M”(/m/)と”N”(/n/)の発音の違いを体得いただけたと思います。

 

と言うことは、私の好物の「アンパン」や「天ぷら」は、”Anpan”や”Tenpura”ではなくて、”Ampan”や”Tempura”と綴らなくてはいけませんね。

“Ampan”(アンパン)

“Tempura”(天ぷら)

 

不思議な日本語訳 – 4 (パトリオット)

先日、久しぶりのJ-アラート(全国瞬時警報システム)が発信され驚きました。北朝鮮から発射された弾道ミサイルが、日本の領土・領海に落下または通過する可能性があるとのことでしたが、幸い何の影響もなく無事に過ごすことができ一安心です。

ところで、追尾・解析の結果、実際にこのような弾道ミサイルが日本へ落下すると判断される場合は、破壊措置命令が発令され迎撃が行われることになります。この迎撃に運用されるミサイルシステムが、「パトリオット」”PATRIOT”と呼ばれる、アメリカのレイセオン社” Raytheon Co.”が開発した長距離・高高度・全天候型防空システムです。システムの詳しい説明は省きますが、”PATRIOT”(パトリオット)の名称は、”Phased Array Tracking Radar to Intercept On Target」(目標迎撃用位相配列追跡レーダー)の頭文字を取った造語です。

パトリオット」”PATRIOT”
– システムの中の発射機 (空自HPより)

 

この”PATRIOT”、一般的には(と言うよりは報道機関では)「パトリオット」表記が広く使われ定着しているようです。

パトリオット」 – 報道機関の使用例

 

“Patriot”は「愛国者」と言う意味の英語です。「パトリオット」はイギリス式発音で、アメリカ式発音では「ペイトリオット」と”a”の部分が二重母音となります。このシステムの背景を考えれば、アメリカ式発音の「ペイトリオット」を使うべきで、イギリス式発音の「トリオット」の表記・発音には強い違和感があります。実際、運用にあたる航空自衛隊では、アメリカ式発音を意識してか「トリオット」を使用しています。しかし、ここまで意識するのであれば、中途半端な「トリオット」ではなく、なぜ、より原音に近い「ペイトリオット」としなかったのか理解に苦しみます。いずれにせよ、「トリオット」と聞いて、”Patriot”とはなかなかイメージしにくいと思いますが、どうでしょうか。

「ぺトリオット」 – 航空自衛隊のホームページ

 

私は”University of Pennsylvania”(ペンシルバニア大学)を卒業しているのですが、この”Pennsylvania”を、「ペンシルニア」と表記する例を近年よく目にするようになりました。これも「ペトリオット」と同様、”a”の二重母音を「べ」と短母音表記するものです。「べ」の方がより原音に近いということなのでしょうが、卒業生としては「ペンシルニア」より、慣れ親しんだ「ペンシルニア」の方に愛着があって好ましく感じます。

「より正確に表記したいのなら、べニア板の一種みたいな『ペンシルニア』ではなく『ペンシルベイニア』にしてくれ。」と言いたくなります。

ペンシルバニア大学」 – 私の母校



これって和製英語? – 4 (ノーリードとドッグラン)

犬好きで、しかも犬を飼っているので、ついつい話題が犬関係になってしまいます。

犬の飼い主にとっての必需品の一つに「リード」”Lead”があります。「リード」とは犬の行動を制限する引き綱のことを指し、英語では一般的に”Leash”(リーシュ)と言います。

因みに、この”Leash”(リーシュ)という単語には「引き綱に繋ぐ」という動詞もあります。 また、“Lead”(リード)の動詞は「引き綱に繋ぐ」というよりは「(引き綱に繋いで)導く、連れて行く」の意味になります。

”Leash”(リーシュ) - 「リード」のことです

 

では、「リード」というのは和製英語なのでしょうか。違います。引き綱を”Lead”(リード)と呼ぶのも正しい英語表現です。厳密に言うと、”Leash”(リーシュ)は持ち手と反対の端が首輪やハーネスに掛けるようになっている引き綱で、”Lead”(リード)は片端が輪のようになっていて、犬に掛けて制御する紐を意味するようですが、両者はほとんど同義に用いられているようです。(一説にはイギリス英語では”Lead”と言い、アメリカ英語では”Leash”ということですが、そこまで顕著な差はないように思います)

”Leash”(リーシュ) – 伸縮性のものもあります

”Lead”(リード) – Rope Dog Slip Lead (Dogs & Co.) ]

 

この「リード」ですが飼い犬を散歩させるには欠かせないものです。犬を「リード」を外した状態にしておくことを「ノーリード」”No Lead”と言っていますが、これは和製英語です。正しくは”Off Leash”(オフリーシュ)と言います。

 

日本では、一部の例外を除き、公共の場所では飼い犬をリードに繋がなければなりません。いわゆる「ノーリード」は原則禁止となっています

都立公園内の「ノーリード」禁止看板
- 併記されている英語は"Leash"の動詞形を使っています

「ノーリード」禁止ポスター
- 「No ノーリード」の表現が「My マイナンバー」のような...

 

しかし、何の制限もなく「ノーリード」で愛犬を思い切り走らせてやりたいという願望は、どの犬の飼い主も皆、共通に持っています。それを叶えられるのが「ドッグラン」”Dog Run”と呼ばれる所です。

隔離されたスペースである「ドッグラン」は、公園などの屋外から室内までさまざまな形態があり、そこは飼い犬を「ノーリード」で放牧できる運動不足解消の場であったり、他の犬との交流の場であったりと、飼い主によってさまざまな目的で利用されています。

「ドッグラン」 - 新舞子マリンパーク (愛知県知多市)

この”Dog Run”(ドッグラン)という表現ですが、ずばり言うと和製英語です。“Run”には「家畜を飼養する囲い」の意味があります(養鶏場は”Chicken Run”(チキンラン)と言います)ので、この”Dog Run”(ドッグラン)は英語では「(家畜である)犬の飼養場」、つまり「ブリーダーが繁殖目的で犬を飼育する囲い」というイメージになります。私たちが呼んでいる「ドッグラン」とは、似て非なるモノになってしまうのがお分かりいただけると思います。

 

それでは犬の飼い主たちが利用している「ドッグラン」の正しい英語表現は何でしょうか。それは”Off-leash Dog Park”(オフリーシュ・ドッグパーク)です。「リードを外した犬の公園」という意味で、まさしく私たちが言うところの「ドッグラン」のことですね。

 

英語閑話 – 3 (単複同形)

英語は単数と複数を明確に区別する言語で、英語の名詞(ここでは可算名詞の意)には単数形と複数形がある、と英語を習い始めたときに教えられ、面食らった記憶はありませんか。

一つの名詞につき、この複数形と単数形を使い分けるという概念は日本語にはありません。加えて、その英語の複数形というものが、ただ単に”s”を付ければ良いというものばかりではなく、”es”であったり(Dish→Dishes、Watch→Watchesなど)、しかも語尾の”y”や”f”を、”i”や”v”に変えて”es”とするもの(Lady→Ladies、Wolf→Wolvesなど)や、全く違う綴り(発音)になるもの(Man→Men、Tooth→Teethなど)もあります。これらは英語に習熟して慣れていくにつれ自然と覚えていくものですが、英語を習得しようとする際に、最も苦労する(ように思う?)点の一つではないでしょうか。

 

なぜ、英語の名詞には単数形と複数形が存在するのかについては、正直なところ分かりません。英語の源流であるインド・ヨーロッパ語族は、単数と複数の概念を持っていますが、そもそも、なぜインド・ヨーロッパ語族がそのような概念を持つようになったかは不明です。

曰く、英語には、日本語にあるような、数を表す語の後ろに付けてどのような物の数量を表す語要素である助数詞(個、匹、本、枚など)がないため、単数・複数の区別が必要となった。あるいは、英語は日本語に比べて、現実をより忠実に言葉で表現する(複数概念を明示する)言語である。等諸説がありますが、あまり説得力があるように思われません。

 

英語の名詞が単数と複数を区別する理由を考察することはさて置き、英語の名詞の中にも日本語と同様、複数形と単数形が同じものがあります。これらを単複同形”Invariable”(インバリアブル)と言います。

主な例を挙げます。

“Sheep” – 群れの「羊」(複数)

A “Sheep” – 1頭の羊(単数)

”Carp” or “Fish” – 「鯉」または「魚」

”Aircraft” – 「飛行機」

 

ところで、外来語として英語に導入された日本語は、複数を表現するときにどのような形になるのでしょうか。日本語(元の言語)の特徴を尊重して単複同形でしょうか、それとも複数の時は”s”を付けるのでしょうか。

 

答えは「どちらもでも良い」ようです

“Kimono” or “Kimonos” - 「着物」

Tsunami” or “Tsunamis”
- 津波」 (宮城県 東日本大震災文庫)



不思議な日本語訳– 3 (NPT再検討会議)

英語の表現や名称を日本語に訳したものを見たとき、元の英語はどうなっているのだろうと興味を持ったことはありませんか。古くなりますが、たとえば1987年の映画「危険な情事」は、マイケル・ダグラス演じるエリート弁護士が、出来心でした不倫がきっかけで相手がストーカーと化し、遂には家族を巻き込んで破滅するというサスペンス映画です。この映画の原題は”Fatal Attraction”(フェイタル・アトラクション)と言います。直訳すれば、”Fatal”は「致命的」「破滅的」で、“Attraction”は「(人を)惹きつけること」ですから、「破滅につながるような惹かれ方をしてしまったこと」という意味です。勿論このままでは映画のタイトルにはできませんから、意訳してタイトルを考えることになります。その際、原題のニュアンスを入れつつ、見る人の興味を引き、なおかつ映画のストーリーにも言及できれば最高です。この「危険な情事」という邦題は、それらの要件をすべてクリアした、うまい訳だなと感心させられます。訳者の非凡な才能を感じます。(もっとも最近では、英語の原題をそのままカタカナにした邦題が多くなりました。「グレイテスト・ショーマン」や「プロミシング・ヤング・ウーマン」など、全く味気ない限りです)

 

さて前置きが長くなりましたが、今回は映画のタイトルではなく「NPT再検討会議」を取り上げます。NPTは”Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons”略して” Non-Proliferation Treaty”(核兵器不拡散条約)の頭文字を取ったもので、主な目的は核兵器保有国の増加(核兵器の拡散)を防ぐことです。1970年3月に発効し、1995年4月に無期限延長され、加盟国は191 (2015年2月現在)となっています。「NPT再検討会議」とは、NPTで決められていることが履行されているかどうかを5年ごとに協議する国際会議で、具体的には、NPTで核兵器保有が認められているアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国が核軍縮交渉を進めているか、それ以外の締約国(非核兵器保有国)が核兵器を開発・取得していないかを話し合います。

「NPT再検討会議」(矢印部) – 2018年5月30日 毎日新聞

 

「再検討会議」の「再検討」と聞いて、まず私の頭に浮かんだ元の英語は、”Re-consider”(リコンシダー)で、次に”Re-examine”(リイグザミン)でした。(分かりやすいように動詞形にしています) これは、私の経験上、日本人が好んで使う「検討する」を英訳にしたものに「再び」を意味する”Re”を付けたものです。

しかし、予想に反して元の英語は”Review”(レビュー)でした。”Review”の意味は「必要であれば変更する可能性あるいは意図を持って、評価または審査する」ということですから、「再検討」という訳はややニュアンスが違うような気もします。

ということになると、”Review”にピッタリくる訳は何でしょうか。「審査」「調査」「評価」「考察」「吟味」、どれも「必要であれば変更する可能性あるいは意図を持って」というニュアンスがなく、しっくりきません。加えて、「NPT再検討会議」は5年ごとに開催されているので「再び」のニュアンスも入れたほうが良さそうです。

ここまで来ると、やはり「再検討」という訳がベストと言えそうです。これを訳出した外務省(?)の担当者も、非凡な翻訳能力の持ち主かもしれません。

「NPT再検討会議」”NPT Review Conference” – 第10回

 

これって和製英語? – 3 (犬のサークル)

犬を飼っていると、やむを得ず犬から目を離さなければならない時があります。ウチの犬は、もう9歳になるので家に置いて留守番させるときは家の中で放牧状態ですが、子犬やいたずら癖がある犬は、自由気ままに放っておくことはできません。子犬の場合、目を離した隙に物を破壊する程度なら良いのですが、危険物を誤飲したり電気コードをかじって感電したりして命にかかわることもあります。

 

このようなときに犬の行動を制限するために場所を区切って囲っておくのが「サークル」です。「サークル」は通常、四方(六方)が柵で囲われていて天井部がありませんので、犬の逸走防止の観点から、犬の大きさに合わせて十分な高さを確保出るものが推奨されます。

「サークル」- 野外用

 

「サークル」- 室内用

 

この「サークル」ですが、実は和製英語です。英語で、この「サークル」を表す言葉は「ペン」”Pen”(あるいは「ドッグペン」”Dog Pen”)と言います。なぜ「ペン」を「サークル」と呼ぶようになったのか分かりません。恐らく、英語の「サークル」には「(出口なく)囲む」という意味があり、そこから派生して「(犬を入れる)囲い」に使われるようになったこと、および「ペン」と呼ぶと筆記具のペンと勘違いしてしまうので避けたのではないかと思われます。

 

行動を制限し逸走を防止するため犬を入れておくものは、この他に「ケージ」”Cage”と「クレート」”Crate”があります。

 

「ケージ」は壁、天井、床すべてが鉄格子や金網で囲われている箱状のもの(要するに檻)を言い、中で犬が立ち上がって向きが変えられるくらいの大きさが必要です。これはあくまでも一時的に犬を入れておく時の「ケージ」の大きさの目安です。犬を「ケージ」で飼養する場合、動物愛護管理法では、タテ(体長の2倍以上) X ヨコ(体長の1.5倍以上) X 高さ(体高の2倍以上)を確保することと規定されています。なお、「ケージ」を「ゲージ」”Gauge”と呼ぶ人も偶に見かけますが、「ゲージ」に檻の意味はなく、これは全くの誤用です。

「ケージ」- 「ゲージ」と呼ぶのは誤りです

 

「クレート」は本来、木枠の箱のことですが、転じて動物を輸送・保管するときに使用する空気流入用の開口部がついた箱状の容器を指します。(利用法や大きさは「ケージ」とほぼ同じ)

「クレート」

この「クレート」に関しては「クレートトレーニング」”Crate Training”なる言葉があります。これは、犬に「クレート」や「ケージ」が身近で安心できる場所であると教え込む過程を言います。犬にとって「クレート」にいることが苦痛でなくなる(むしろ安心して休める)場所となることは非常に重要です。飼い犬を留守番させるときに「クレート」に入れていけば、飼い主は犬の事故や破壊行動を心配する必要はなく、また、飼い犬のケガの回復や術後の安静が必要な時でも、「クレート」により監視することなく行動制限がかけられます。最近では災害時にペット同行避難が認められるケースも多いのですが、避難所では犬を「クレート」に入れることを求められますので、そういった時にも対応できます。

犬(特に大型犬)を飼っていると、公共交通機関を利用することは難しいので、大抵は自動車に乗せて移動することになります。その際、車の中で犬を自由にしておくことは危険です。突発的な事故や急ブレーキ・急ハンドルにより犬が車内でアチコチにぶつかって(フロントガラスまで飛ぶことも)ケガをしたり、不用意に窓やドアを開けたときに外に飛び出したりしてしまうかもしれません。移動中の車内で犬の安全を確保するため「クレート」を利用するにも、「クレートトレーニング」は欠かせません。

 

蛇足ですが、「クレート」を「バリケン」と呼ぶことがあります。(最初の飼い犬のブリーダーが「バリケン」と言うのを初めて耳にしたときは、何を指すものか分かりませんでしたが…)  これは米国のペットメイト”Petmate”の製品である「バリケンネル」”Vari Kennnel”を略したもので固有名詞です。

バリケン」 - Vari Kennel (Petmate)

 

英語閑話 – 2 (ジェンダーニュートラルな英語表現)

私が小学生の頃は、出席番号は男女別でしかも男子が最初でした。(つまり、出席番号1番は常に男子で最後は常に女子になります) また、アメリカではハリケーンに名前を付けているのですが、昔は女性名だけでした。当時を思えば、「そういうものだ」とあるがままに受け入れ、何の疑問を抱くこともありませんでした。しかし、これらは社会の制度や規範、慣習が性に大きな影響受けていることの表れであり、近年、女性の社会進出にともない、社会的・文化的に男女性差別をなくして行こうとする動きの中で次々と改められています。

今では、出席番号は男女混合で五十音や生年月日で採番されていますし、ハリケーンも男女交互に名付けられるようになりました。加えて、最近ではLGBTQと言われる性的少数派を社会的に認めていこうとする動きも活発です。このような動きは性に基づく区別(差別)や規範を撤廃し、特定の性にとって優位に作られた制度やシステムを変革して多様性を尊重する社会を確立していこうという考え方に基づいています。

 

こうした中で生まれてきた概念が「ジェンダーニュートラル”Gender-neutral”」です。ここで言う「ジェンダー」は生物学的な性別ではなく、個人の自己認識や社会的に構築された表現、態度、行為、属性、役割に基づくものを指します。ニュートラルは中立ということなので「ジェンダーニュートラル」は男女両性に適用可能という意味です。(同じような英単語に「ジェンダーフリー”Gender-free”」というものがあります。こちらは性を持たない、あるいは性別に関係ないという意味ですが、両者のニュアンスの違いは正直、分かりません。人によっては「ジェンダーニュートラル」と「ジェンダーフリー」を同義と考えることもあるようです)

 

“Stewardess”(スチュワーデス)を”Flight attendant”(フライトアテンダント)と言い換えるなど、「ジェンダーニュートラル」は英語の表現において顕著な発展を見せています。同様の言い換えは、この他にも多々あります。

 

男性を表す”Man”(マン)を含む言葉が、”Person”(パースン)や性を区別しない他の言葉に置き換えられているもの

  • “Salesman”(セールスマン) → “Sales person”(セールスパースン)
  • “Businessman”(ビジネスマン) → “Business person”(ビジネスパースン)
  • “Policeman”(ポリースマン) → “Police officer”(ポリースオフィサー)
  • Mailman”(メールマン) → “Mail carrier”(メールキャリアー)
  • ”Chairman”(チェアマン) → “Chairperson”(チェアパースン)

欧州安全保障協力機構(OSCE)の常設理事会議長(Chairperson)と外相理事会議長(Chairperson-in-Office) - 2016年1月14日 OSCE

最近では”Chairperson”の代わりに”Chair”(チェア)が用いられることも多い

新任の女性会長の告知 (矢印部に"Chair"(会長)の表記) - カナダのCPPOのホームページ

 

本来、男女を問わず広く「人」や「人間」表す”Man”(マン)であるが、"Man"の持つ性の属性を嫌い他の言葉に置き換えられているもの。(やや言葉狩りの匂いがしないでもありませんが…)

  • “Freshman”(フレッシュマン) → “First-year student”(ファーストイヤー・スチューデント): 大学一年生のこと。私が大学に入学した頃は「フレッシュマン」と言っていましたね。
  • “Mankind”(マンカインド) → “Humankind”(ヒューマンカインド): 人類のことです。
  • “Man-made”(マンメイド) → “Machine-made”(マシーンメイド)あるいは”Artificial”(アーティフィシャル): 「人造の」、「人工の」の意。

 

本来、男女別の表現があるものの、性による区別を避けるために置き換えが可能なもの。(これはこれで局面によっては便利な表現です)

  • “Son”(サン)または“Daughter”(ドーター) → “Child” (チャイルド)あるいは”Progeny”(プロジニー):  「子供」や「子孫」を指す。
  • “Husband” (ハズバンド)または”Wife”(ワイフ) → “Spouse”(スパウズ):  「配偶者」のこと。
  • “Sister” (シスター)または”Brother”(ブラザー) → “Sibling”(シブリング):  「兄弟姉妹」です。

 

これら「ジェンダーニュートラル」の表現に置き換えられた例を並べると、「言葉を変えたくらいで人の行動や思考は変わらないのではないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、性を区別して使っている言葉の中には差別や軽蔑のニュアンスを持つものもあり、言い換えによってそれらのニュアンスを排除し、やがては人々の行動や思考が変わっていくという可能性は否定できません。

 

40数年前、私は社会人としてブリヂストンでキャリアをスタートしましたが、当時、いわゆる総合職で入社した同期新入社員59名は、すべて男性で女性はゼロでした。しかし、最近の同社の大学新卒採用は女性が三分の一を超えており、「BSマン」なる言葉が大手を振っていたマンズワールド"Man's World"のブリヂストンを知る者にとっては、正に隔世の感があります。

昔よく耳にした「商社マン」とか”OL”(和製英語オフィスレデイ"Office Lady"の略)なども、もう死語となっているのも頷けますね。