TSのつぶやき

身の回りの英語の疑問や考察を綴っています

これって和製英語 – 5 (デッドボールとフォアボール)

日本で最も古く人気のあるスポーツは、何といっても”Baseball”(ベースボール)すなわち野球です。野球は、明治初期に日本に紹介されため、その用語の日本語訳は先人たちの苦労を忍ばせる名訳が多いのですが、中には日本で独自の進化を遂げ和製英語として定着したものも数多くあります。

 

その中で、今回、取り上げるのは「デッドボール」と「フォアボール」です。

 

まず「デッドボール」です。日本語では「死球」と言います。

これは、投手の投げた球が打者に当たった結果、打者に一塁への進塁が与えられることで、英語では”Hit by pitch”(ヒット・バイ・ピッチ)と言います。直訳すれば「投球に当てられた」となろうかと思います。なぜ、この ”Hit by pitch”(ヒット・バイ・ピッチ)を「死球」と訳したのかは諸説あるようです。

 

死球」により試合が停止されプレイが無効となることから、ボール・デッド”Ball Dead” ("The ball is dead."の省略形)が「デッドボール」に変化した。あるいは、日本での野球黎明期に多くの野球用語を独創的な発想で訳した正岡子規が「死ぬほど痛い」(死ぬほどはおろか、実際、死者も出ている)ことから、「死球」と命名した。(これらの説については、元ヤクルト・スワローズの広澤克己さんが、ご自身のブログの中で「デッドボールの語源」と題して考察しています)

 

いずれにせよ、「死球」と言う用語が生み出されたわけですが、その後、恐らく英語かぶれしたマスコミか評論家かが、「死球」を英語の直訳と誤解して、さらに英訳し原語風に言い直して「デッドボール」”Dead Ball”と言いだし、それが広まって定着したと思われます。

 

英語を和訳して、さらに英訳して、元の表現とは似ても似つかない和製英語として定着する。このパターンは野球に多く見られます。次に挙げる「フォアボール」もその一例です。

 

「フォアボール」は、日本語で「四球」と言います。

「四球」の原語は”Base on balls”(ベース・オン・ボールズ)で、打者が審判に「ボール」を4球宣告されて一塁への進塁を与えられることです。直訳すれば「(4つの)『ボール』による(進)塁」とでもなるのでしょうか。当初、進塁が与えられる「ボール」の数が4つではなく、9つから変遷を経て現在の4つに落ち着いたことから、”Base on four balls” (ベース・オン・フォー・ボールズ)ではなく”Base on balls” (ベース・オン・ボールズ)と、あえて「ボール」の数を特定しない言い方になったものと推測されます。この「四球」という訳は、直截的でしかも感覚的にも理解できる名訳だと思いますが、前出の「デッドボール」同様、これをさらに英訳して「フォアボール」”Four-ball”とすると、原語とはかけ離れたものとなって、もはや立派な和製英語の誕生です。 (アメリカ英語は「フォー」の語尾を舌を巻いて発音する傾向があるので、”Four”は「フォー」ではなく「フォア」に近い音になる)

 

また、「四球」には、投手が打者との勝負を避け、故意に『四球』を与える「敬遠」と言うものがあります。「敬遠」の本来の意味は、「かかわりを持つことを嫌ってその物事を避けること」ですので、野球で言う「敬遠」は言い得て妙です。

この「敬遠」は野球の戦術上とても重要ですが、守備側のチームの監督が「敬遠」の意思表示をすると、投手が投球せずに打者は「四球」となる「申告敬遠」制度が、試合時間の短縮のため、2017年にアメリカ大リーグ(MLB) ”Major League Baseball”に導入され、翌年から日本のプロ野球にも採用されるようになりました。

 

さて、この「申告敬遠」、英語では何と表現するのでしょうか。「四球」の原語は”Base on balls”であると言いましたが、別に ”Walk”(ウォーク)と言い方も広く使われています。文字通り「ボール」4球で一塁へ「歩く」わけですから、それを描写したものと思われます。「申告敬遠」は、この”Walk”(ウォーク)を使って”Intentional Walk”(インテンショナル・ウォーク)と言います。直訳すれば「故意四球」です。通常の「敬遠」も”Intentional Walk”(インテンショナル・ウォーク)”ですが、故意かどうかは主観的な要素もあり判別が難しい場合があるのに比べて、この「申告敬遠」という訳は、守備側の「敬遠」の意思表示を的確に表現していて名訳だと思います。

申告敬遠 - ”Intentional Walk”(インテンショナル・ウォーク)

 

なお、蛇足ながら、野球で後攻チームが、最終回または延長回の攻撃において、決勝点を上げると同時に試合が終了することを日本語で「サヨナラ」と呼びます。これは、攻撃側(後攻)チームの視点で、文字通り試合や相手に「さようなら」するということですが、英語では”Walk-off”(ウォーク・オフ)と言う表現を使います。

この”Walk-off”(ウォーク・オフ)は直訳すると「歩き去ること」で、決勝点を与えた投手(あるいはチーム全体)が歩いてベンチに帰る様と言われ、守備側(先攻)チームの視点です。

同じ現象を表現するにしても、文化が違えば表現も違うことの一例でしょう。