不思議な日本語訳 – 6 (考えにくい – “Unlikely”)
さる11月15日午後、ウクライナ国境に近いポーランド東部にミサイルが着弾し、2人が死亡しました。当初はミサイルがロシア製であることから、ロシア軍によるポーランド攻撃、あるいは誤射との憶測も流れましたが、NATO(北大西洋条約機構)の分析により、現在ではウクライナ軍のロシア製防空ミサイルによるものと結論付けているようです。(もっとも、ウクライナのゼレンスキー大統領は「(欧州・大西洋)集団安全保障に対するロシアの攻撃」と主張し、自国のミサイルであることを否定していますが…)
いずれにせよ、今後さらに調査が進み真実が明らかになると思われます。今回取り上げるのは、G20サミット出席のため訪問していたインドネシアで、この件につき問われたアメリカのバイデン大統領の回答の日本語訳です。
バイデン大統領は、記者の問いかけに、こう答えています。
“(The missile that hit Poland was) ‘Unlikely’ fired from Russia.”
この”Unlikely”(アンライクリー)の日本語訳が、日本のマスコミでは二つに分かれました。
一つは「考えにくい」、もうひとつは「可能性は低い」です。
まず「考えにくい」と報じたのは、テレビではNHKを筆頭にTBS、テレビ朝日、フジテレビ、および毎日新聞。一方、「可能性は低い」派は、日本テレビ、朝日新聞、読売新聞、産経新聞となっています。
なぜ、私が本件について考察しようとしたのか。第三次世界大戦の引き金となりかねない、NATO加盟国ポーランドへのロシア製ミサイル着弾に関するバイデン大統領のコメントが「考えにくい」では、当事者意識も危機感も感じられなかったため、実際はどう話したのか興味を持ったからです。
“Unlikely”(アンライクリー)は、本来、「ありそうもない」「起こりそうもない」「見込みがない」等のニュアンスで使われているようですが、前述の文脈で「考えにくい」という訳は果たして適切なのでしょうか。
恐らく、バイデン大統領としては早い段階から、このミサイルはロシアが発射したものではなく、ウクライナ軍が発射した迎撃ミサイルであるという情報を掴んでいたと思われます。そして、ロシアに対してアメリカとしては抑制的な対応を取るというメッセージを送る一方で、NATO側のミサイル探知・追跡能力を秘匿するため、”(The missile that landed in Poland was) ‘Unlikely’ fired from Russia.”と言う表現を用いたものと考えられます。
このように解釈していくと、バイデン大統領の“Unlikely”(アンライクリー)は、「考えにくい」という主観的な発言ではなく、「可能性は低い」とする客観性を持った慎重な言い回しの訳の方が適切ではなかったかと思いますが、どうでしょうか。