TSのつぶやき

身の回りの英語の疑問や考察を綴っています

不思議な日本語訳– 2 (デブリ)

2011年3月11日の東日本大地震による津波に襲われた東京電力福島第一原子力発電所は、全電源を喪失し原子炉を冷却できなくなり、1号・2号・3号炉で炉心溶融(いわゆるメルトダウン)を起こしました。その後の調査で原子炉の底には溶け落ちた燃料デブリが確認され、その除去を含む廃炉に向けた事故の終息は依然として不透明なままです。と書いてみましたが、この文章の中に「デブリ」という聞きなれない言葉があることにお気づきになったと思います。

この文脈での「デブリ」は、「核燃料が過熱し原子炉内の構造物と溶けて合って融合し冷えて固まったもの」を指すそうで、福島の原発事故関連の報道には新聞、テレビを問わず頻繁に出てきます。

 

デブリ」- 2017年7月22日 沖縄タイムズ

 

デブリ」- 2022年9月23日 読売新聞

 

デブリ」とは英語の”Debris”のことで発音は「デブリー」です。書くと分かりにくいのですが、元はフランス語なので語尾の”S”は発音せず、アクセントは最後の音節の「リー」にあります。なぜこの「デブリー」が、アクセントが最初の音節になり語尾の長音も落ちて「ブリ」になったのかは不明ですが、初めて聞く人の中には「何か太ったもの、デブ何?」とか「デぶりって、何か振るモノ?」などと疑問を持った人もいるのではないでしょうか。

「デブリー」は本来、「壊れたモノの残骸、破片」を指します。したがって、核燃料「ブリ」という使用法は間違ってはいませんが、「残骸」とか「瓦礫」とか呼べばいいものを、わざわざ英語(しかも変な表記や発音)で表現する必要があるのかと疑問に思います。

 

相手に平易な表現で伝えることがコミュニケーションの要諦だと思うのですが、権威付けや衒学的とも思えるような、カタカナ英語をむやみに(しかも誤った表記や発音で)使用するのは如何なものでしょうか。

 

 

おまけ

デブリ」は地質学で言うところの「岩の破片の堆積物」を意味する言葉でもあります。(実際、私が初めて目にした「デブリ」という言葉は、学生時代に読んだ山岳小説の中でした)

地質学的な「デブリ

 

これって和製英語? – 2 (ピークアウト)

2019年、中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(正式名称はCOVID-19)は、2020年に入ってから瞬く間に世界を席巻し、社会に多大な影響を及ぼし私たちの生活様式を根本から変えようとしています。

日本でも新型コロナ感染症は猛威を振るい、累計感染者は2千万人を上回り死者数も4万人を超えました。その流行は2020年3月~6月の第一波を皮切りに現在、第7波に至っています。今回は、この流行の波のたびにマスコミを賑わす「ピークアウト”Peak out”」を取り上げます。

「ピークアウト」- 2022年2月5日 東海テレビ

 

「ピークアウト」という言葉は、新型コロナ出現前までは聞いたことがありませんでした。「ピークアウト」は「頂点(ピーク)」を「脱する(アウト)」ということから、「頂点に達する。また、そこから減少に転じる。頭打ち」と定義されているようです。新型コロナの流行においては「感染者の増加が収まり減少に転じる」ことを意味し、具体的には感染の波を表すのに「感染がピークアウトしたようだ。」、「第6波は、まだピークアウトしたとはいえない。」といったように使われています。

「ピークアウトした」
2022年9月15日 中国放送

 

対義語によく耳にする「ボトムアウト”Bottom out”」があり、これは「底(ボトム)」を「脱する(アウト)」つまり「底を打つ」あるいは「底入れする」という意味の正しい英語表現です。したがって「ピークアウト」も同様に英語表現にありそうな気がしてきます。(感覚的にも良い感じの英語に思えますが…)

ところが、英語には”Peak out”(ピークアウト)という表現はなく、これは和製英語です。

「ピーク”Peak”」とは「物事の最高潮つまり頂点」を表す言葉です。「頂点」というのは下降が始まって初めて認識されるもので、下降が始まらなければ頂点は存在しないことになります。したがって、「ピークアウト」で定義される状態では、まさしく既に「ピーク」が出現していることになり、両者は同義と考えられます。よって、「ピークアウト」の正しい英語表現としては”Peak”(頂点に達する)になります。(「ピークアウト」を「ピークアウトする」のように名詞として使用する場合の英語表現は”Pass a (the) peak”となります)

ではなぜ”Peak out”(ピークアウト)という英語表現はなくて、”Bottom out”(ボトムアウト)はあるのでしょうか。思うに、”Bottom”は「物事の最も低い部分」と定義され、必ずしも点とは限らない(一定の水準や時間を持つ)ことから、”Bottom out”(ボトムアウト)つまり「底(ボトム)”Bottom”を脱する(アウト)”Out”」という表現が論理的に矛盾しないからだと思います。

 

しかしながら、このように尤もらしく推理しても、なぜ「ボトムアウト”Bottom out”」という英語表現があるのに、「ピークアウト”Peak out”」はなく和製英語となるのか、実際のところ良く分かりません。

これは英語を母国語としない外国人には、永遠に謎かもしれません。

英語閑話 – 1 (犬の服従コマンド)

私は犬を飼っています。体重37kgになる大型犬です。存在感があって、ぐっと抱きしめることができる可愛い奴です。

大型犬は、見てくれが大きく「襲われたり、咬まれたりしたら怖い」ので避ける人もいるようですが、人の脅威となったり人に危害を加えたりする犬種は基本的に淘汰され、現在まで生き残ってはいないはずです。一部の闘犬を目的として作出された犬種を除き、概して大型犬は人懐こく優しい性格で飼いやすいと言えます。

因みに、アメリカでは登録犬種(純血種)の上位は大型犬で占められているのに対して、日本ではジャパンケネルクラブ(JKC)の登録上位10位までが柴犬を除いてすべて小型犬で、その比率は全登録数の7割を超えます。住宅事情もあるのでしょうが、日本では小型犬が好まれているようです。

私は個人的には小型犬を好みません。チワワやヨーキー(ヨークシャーテリア)は可愛い顔をしていますが意外と気が強く凶暴なところがありますし、ミニチュアダックスフンドは警戒心が強くギャンギャン吠えてうるさい個体が多いように感じます。

小型犬の飼い主は犬を力で制御できるので、あまりしつけや服従訓練に興味がないように思います。いざとなれば力任せにリードを引く、あるいは抱きかかえることが可能ですから、そんな必要を感じない、あるいは見た目が小さくて可愛いので、ついつい過保護に育ててしまうのかもしれません。

しかし、大型犬の飼い主はそうはいきません。子犬のうちならまだしも、成長してからでは力で制御することはほぼ不可能となります。飛びつきや咬み癖、あるいは引っ張り癖などしっかり矯正しておかないと、思わぬ事故やケガにつながります。(突然、興味を引くものに向かって突進した飼い犬によって、転倒したり骨折したりする大型犬の飼い主の例は枚挙にいとまがありません)

 

さて、前置きが長くなりましたが、今回取り上げるのは犬の服従訓練のコマンド(声符)です。基本となるのは次の四つでしょうか。

  • 「すわれ(座れ)」→「スィット」”Sit”

単に犬を座らせるだけではなく、興奮を和らげ落ち着かせることができます。人に飛びつくことも制御できます。「シット」”Shit”と言うのは別の意味となるので避けます。

  • 「ふせ(伏せ)」→「ダウン」”Down”

 ”Go down”あるいは”Lie down”の意。これも、単に犬を伏せさせるだけではなく、休む姿勢を取ることにより、興奮を鎮め落ち着かせることができます。

  • 「まて(待て)」→「ステイ」”Stay”または「ウエイト」”Wait“

「動かないで静止していろ。」という犬の動きを制止するコマンドです。犬が勝手に動き回ることを防止します。ウチでは立ったまま待たせるときを「ステイ」、座ったまま、あるいは伏せたまま待たせるときを「ウエイト」としています。

  • 「こい(来い)」→「カム」”Come”

いわゆる呼び戻しのコマンドです。「カム」と言われれば、犬は何時でも何処にいても何をしていても、必ずすぐに飼い主の元へ戻ってこなければなりません。この「カム」は、ある意味、最も重要なコマンドと言えます。犬にこのコマンドが入っていれば、リードや首輪が外れて道路に飛び出したり他の人や犬に突進して行ったりしても、「カム」の一言で危険を抑止することができます。

「すわれ」 "Sit!"

この他にも「つけ(付け)」/「ヒール」”Heel”とか「もってこい(持って来い)」/「フェッチ」”Fetch”とかあるのですが今回は割愛します。

 

最後にとっておきのコマンドを一つ。オーストラリアのブリーダーから教えてもらってモノです。

 

それは「ジェントル」”Gentle”です。これは「優しく」とか「静かに」とか「穏やかに」という意味で、飼い犬が他の犬と出会って興奮したり、猫を見つけて追いかけようとしたりしたときに使います。「ジェントル」と声をかけて静まったところで、褒めてやれば完璧です。

「優しくね。いい娘だ。」
"Gentle.  Good girl."

 

不思議な日本語訳 – 1 (バルチック艦隊)

日本語になった英語を見たとき、「ん!?」と思うことや違和感を持つことはありませんか。それは日本語訳の意味であったり外来語の表記であったりします。今回は日露戦争日本海海戦で有名になった「バルチック艦隊」を取り上げます

 

小学生の頃、初めて社会の授業で日露戦争を習いました。その中で、東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアの「バルチック艦隊」を破った日本海海戦(1905年)は、子供心にも胸のすく思いだったのを覚えています。その後、成人になって司馬遼太郎の「坂の上の雲」や吉村昭の「海の史劇」を読んで、日本海海戦を詳しく知るようになると「バルチック艦隊」は、本来、北欧のバルト海に展開する艦隊で、7か月におよぶ苦難の航海の末、アフリカの喜望峰を回り日本海に到着、そこで連合艦隊と会戦し近代海戦史上、例のない完膚なき敗戦を喫したものであることが分かりました。

バルチック艦隊」の旗艦「クニージャ・スヴォーロフ」- 日本海海戦で沈没した

前述のとおりバルチック艦隊バルト海を本拠地としており、英語では”Baltic Fleet”と言います。この”Baltic”はバルト海あるいはその沿岸地方(具体的にはラトビアエストニアリトアニア)を修飾する形容詞です。ということは、”Baltic Fleet”の訳はバルト艦隊(もしくはバルト海艦隊)が正しいことになると思われます。(実際に”Baltic Sea”の日本語訳は「バルト海」で「バルチック海」ではありません。同様に”Baltic States”は「バルト三国」で「バルチック三国」ではありません)

 

ここからは想像ですが、明治時代に”Baltic Fleet”を翻訳する際、”Baltic”を形容詞ではなく固有名詞と勘違いしたために、「バルチック艦隊」なる言葉が生み出され、それが広く使われ定着してしまったものと考えられます。

しかし、こういう誤訳(とまでは言えないかもしれませんが)は、どのように訂正されるものなのでしょうか。文部科学省、(教科書)出版社、それともマスコミでしょうか。

私の違和感が解消されるのは見込み薄ですね。

これって和製英語? – 1 (イートインとテイクアウト)

今夜は十六夜。昨晩は愛犬と散歩して月見を楽しみました。

一頃より随分、風が涼しく感じられるようになりました。気分良く歩いていると目に入ってきたコンビニの看板。「これって和製英語?」私の疑問です。

 

「イートイン」と書いてあります。「イートイン」とは、お店で購入した食べ物を店の中の客席で食べていくこと、つまり店内飲食のことです。

よく見かける「イートイン」看板

これに対してお店の飲食物を店外に持ち出すことは「テイクアウト」と言い、実際に表示しているお店もたくさん見かけます。

英語表記の「テイクアウト」

感覚的に「イートイン」は「(店)内で食べる」、「テイクアウト」は「持ち出す(持ち帰る)」というのは理解できますが、これらは実際には正しい英語表現なのでしょうか。

 

さて、アメリカに行ってファーストフードを注文した経験がある人は、通常、こう聞かれたと思います。

”For here or to go?”

これは「ここで食べますか、それとも持ち帰りますか。」という意味です。と言うことは店内飲食を意味する「イートイン」も、食べ物持ち帰りの「テイクアウト」も、英語本来の言い回しではなく和製英語のような気がしてきます。

 

ところが、英国では"To eat in or take out (もしくはtake away)?"と聞かれることもあるようです。これも、やはり買った食べ物を店内で食べるか持ち帰るかを尋ねるものです。

とすれば、これらの答えとしては、店内飲食の場合は”For here”か”Eat in (イートイン)”、持ち帰りの場合は”To go”か”Take out (テイクアウト)”となります。

 

こう考えていくと、「イートイン」や「テイクアウト」は和製英語ではなく、通常の英語の表現と言っても良いのではないかと思いますが、どうでしょうか。

(“Eat in”も”Take out”も句動詞なので名詞として使う場合は、動詞と前置詞の間にハイフン”-“を入れて、“Eat-in”や”Take-out”のように名詞句としなければなりませんね)